メタ認知とは何か|自分を一歩引いて見るだけで判断が変わる

人間関係で疲れたとき、

「なんであの人は、あんな言い方をするんだろう」

「なぜ周りのことを考えられないんだろう」

と、相手のことを考え続けてしまうことがあります。

私自身、特にそうです。

協調性のない人や、自分の考えを強く押し通す人と対話していると、かなり疲れます。

相手が何を考えているのか。

なぜそんな行動をするのか。

どう伝えれば分かってもらえるのか。

頭の中で何度も考えてしまう。

でも、あるとき気づきました。

同じ人と接しているのに、周りの人は自分ほど気にしていないことがある。

そこで一つ疑問が生まれました。

「自分を疲れさせているのは、本当に相手だけなのだろうか?」

この疑問から、私が以前から興味を持っていた「メタ認知」という考え方について、改めて考えるようになりました。


メタ認知とは「考えている自分」を見ること

メタ認知という言葉は少し難しく聞こえます。

簡単に表現するなら、

自分が何を考え、何を感じているのかを、一歩引いたところから観察すること

です。

たとえば、

「あの人と話すとイライラする」

と感じたとします。

普通なら、

相手が嫌なことを言った

だから自分はイライラした

と考えます。

もちろん、それ自体は間違いではありません。

でも、ここでもう一段考えてみます。

「なぜ“私は”これほどイライラしたんだろう?」

すると、相手だけを見ていたときには見えなかったものが出てきます。


同じ出来事でも、全員が同じように感じるわけではない

これは私にとって、かなり重要な気づきでした。

職場に、協調して仕事をすることが苦手で、自分の考えを優先しやすい人がいたことがあります。

周囲への言い方が強くなってしまったり、チームで何かに取り組もうとしても否定的な反応をしたりする。

管理する立場として、当然放置するわけにはいきません。

周囲から困っているという声もあり、上司からも「改善が見られなければ、厳しい判断も必要になる」という話が出るような状況でした。

私自身も、

「なぜもう少し周りのことを考えられないんだろう」

「どうすれば伝わるんだろう」

と、かなり考えていました。

そして、対話するたびに疲れていました。

でも周りを見ると、少し違いました。

もちろん困っている人はいる。

でも一方で、

私ほどその人のことを考えていない人もいる。

仕事が終われば、そのことをほとんど考えていない人もいる。

そこで、

「同じ人と接しているのに、なぜ自分はこんなに疲れるのだろう?」

と考えるようになりました。


相手だけではなく「自分の反応」に目を向けてみる

ここで視点を相手から自分に移してみました。

私は、人の言葉や態度にかなり反応する方です。

相手の機嫌が悪ければ気になる。

誰かが不満そうなら、その理由を考える。

意見がぶつかれば、

「なぜこの人はこう考えているのか」

と、その背景まで理解しようとする。

これは仕事をする上で役に立つこともあります。

特に人をまとめる立場では、相手の感情を想像することは必要です。

でも、問題もありました。

相手について考えることを、自分の中で終わらせるタイミングが分からなくなる。

「なぜ?」

「どうすれば?」

「自分の伝え方が悪かった?」

「別の言い方なら伝わった?」

と考え続ける。

つまり私は、

相手との対話で疲れているだけではなく、その対話を頭の中で何度も延長していた。

ここに気づいたとき、

「人間関係で疲れる」という現象の見え方が少し変わりました。


「あの人に疲れる」だけでは説明できなかった

もちろん、

「全部自分の考え方の問題だった」

という話ではありません。

実際に相手の言動に問題があることもあります。

協調性を欠いた行動によって、周囲が困ることもあります。

管理する立場なら、必要な指導もしなければなりません。

メタ認知は、

「相手は悪くない。自分の考え方を変えよう」

という考え方ではありません。

ここはかなり重要だと思っています。

問題のある行動は、問題のある行動として扱う。

その一方で、

「その出来事に対して、自分はどんな反応をしているのか」

も別に考える。

この二つを混ぜない。


人の感情に左右される自分にも気づいた

さらに考えていくと、これは特定の相手だけの話ではありませんでした。

私は比較的、人の感情に自分の感情が左右されやすいところがあります。

相手が楽しそうなら、自分も嬉しい。

逆に相手が不機嫌だったり、反応が薄かったりすると、

「何かあったのかな」

「自分が何かしたかな」

と考えてしまう。

以前なら、

「相手の機嫌が悪いから、自分も気分が落ちる」

くらいに考えていました。

でも一歩引いて見ると、

少し違います。

相手が不機嫌だった。

これは出来事です。

そこから私は、

「自分に原因があるのかもしれない」

「何か対応した方がいいのではないか」

と意味を加えている。

そして、その意味によって自分の感情まで動いている。

つまり、

相手の感情そのものと、自分がその感情をどう受け取るかは別の問題だった。


「気にしない人」を見て分かったこと

ここで面白いのが、同じ状況でもあまり気にしない人がいることです。

誰かが不機嫌でも、

「今日は機嫌悪いんだな」

くらいで終わる。

意見が合わない人がいても、

「そういう考え方の人なんだな」

と切り替えられる。

最初は、

「よくそんなに気にせずいられるな」

と思っていました。

でも、メタ認知という視点で見ると、

出来事が違うのではなく、出来事を受け取った後の処理が違う

とも考えられます。

私は、

相手の言動
→ 気になる
→ 理由を考える
→ 相手の立場を想像する
→ 解決方法を考える
→ また相手について考える

と進みやすい。

一方で、

相手の言動
→「そういう人なんだな」
→ 終了

という人もいる。

これなら、精神的な消耗量が違うのも当然です。


メタ認知で「事実・解釈・責任」を分ける

そこで私は、人間関係で強く感情が動いたとき、3つに分けて考える方法が分かりやすいと思っています。

① 何が起きたのか

まず事実だけを見る。

「相手が反対意見を言った」

「相手の機嫌が悪かった」

「協力を求めたが断られた」

ここには、できるだけ評価を入れません。

② 自分はどう受け取ったのか

次に、自分の解釈を見る。

「自分を否定された気がした」

「自分の伝え方が悪かったのかもしれないと思った」

「周囲のことを考えていないように感じた」

ここで初めて、

事実と、自分の解釈を分離できます。

③ それは誰の問題なのか

そして最後に、

「これは本当に自分が背負うべき問題なのか?」

と考える。

自分が改善すべきことなら改善する。

管理する立場として対応すべきことなら対応する。

でも、

相手の機嫌。

相手の価値観。

相手がどう受け取るか。

相手が最終的にどう行動するか。

そこまで全部、自分がコントロールすることはできません。


メタ認知は「考えないため」の技術でもある

以前の私は、メタ認知という言葉に、

「自分のことを深く分析する能力」

というイメージを持っていました。

でも今は少し違います。

深く考えることだけがメタ認知ではない。

自分の思考を観察した結果、

「これは、これ以上考えても仕方がない」

と判断することもメタ認知なのだと思います。

これは、考えすぎる人にとってかなり重要です。

何でも理解する必要はない。

すべての人に納得してもらう必要もない。

相手の感情をすべて背負う必要もない。

「ここまでは自分の問題。ここから先は相手の問題」

と線を引く。

考える力を使って、

考えない領域を決める。

これも一つのメタ認知だと思っています。


ただし「全部相手の問題」にするのも違う

ここには逆の落とし穴もあります。

「相手の問題だから気にしない」

だけで終わらせてしまえば、自分が改善する機会まで失ってしまいます。

だから、

「自分に改善できる部分はなかったか?」

は考える。

でも考えた結果、

「自分ができることはやった」

と思えるなら、そこで一度手放す。

私は、

自分を責め続けることと、自分を振り返ることは違う

と思っています。

メタ認知は自分を責めるためではなく、

自分が変えられるものと、変えられないものを見分けるために使う。

その方が、自分にも相手にも冷静に向き合えます。


感情をなくすのではなく、感情との距離を変える

私は今でも、人の感情に影響されます。

協調性のない人との対話は疲れます。

自分のことしか考えていないように見える人と接すると、

「なぜ?」

と考えたくなります。

メタ認知を知ったからといって、急に何も感じなくなるわけではありません。

でも、

「また自分は相手の感情まで背負おうとしているな」

「今、答えの出ない『なぜ?』を考え続けているな」

と気づけることがあります。

それだけでも違います。

感情の中にいる自分と、

その感情を眺めている自分。

ほんの少し距離を作る。

その距離があることで、

反応する前に「どうするか」を選べるようになる。


最後に|自分を一歩引いて見る

メタ認知は、感情をなくす技術ではありません。

何があっても気にしない人になるためのものでもありません。

私にとってのメタ認知は、

「自分はいま、なぜこんなに気にしているんだろう?」と、自分自身に問いかけられること。

相手に問題があるのかもしれない。

自分の受け取り方が影響しているのかもしれない。

その両方かもしれない。

すぐにどちらかを正解にするのではなく、一度分けて考えてみる。

そして、

自分が変えられるものだけを考える。

それ以外は、必要以上に背負わない。

私はまだ、いつでもそれができるわけではありません。

むしろ人の感情を考えすぎてしまうことは今でもあります。

だからこそ、

「今、自分の頭の中では何が起きている?」

と自分に問いかける。

メタ認知とは、自分を完全にコントロールする能力ではなく、

自分自身に気づくための、ほんの少しの距離なのだと思います。